経済的な困難を抱える家庭の子どもたちに対して、Eラーニングを活用して学習支援を行うNPO法人エデュケーションエーキューブ。“Education for Anyone, Anytime, Anywhere”というミッションを掲げる、公益性の高いNPO法人として認められた認定NPO法人です(福岡市の認定法人として10番目)。
代表の草場さんは、元はベンチャーキャピタル業界で投資や経営支援の仕事をしていました。東京や海外で20年間ビジネスを続けていたのですが、東日本大震災をきっかけに働き方や暮らし方について考えるようになったといいます。
そして草場さん自身、高校生の時に両親が離婚して母子家庭で育ち、奨学金で大学を卒業した経験から、“生まれた環境に関わらず子どもたちが自分で未来を切り開ける社会をつくりたい!”と考えて2013年にエデュケーションエーキューブを立ち上げます。
そうしてビジネスのバックグラウンドを活かして、社会課題の解決に取り組む草場さん。働く場所には地元の福岡を選び、シェアオフィス『SALT』に入居しました。NPOとシェアオフィスは親和性が高いという草場さんに、持続可能なNPO活動のヒントを伺いました。
−事業拠点に福岡を選んだ理由を教えていただけますか?
NPO を立ち上げることで当面は収入面が不安でした。でも自分の生活を犠牲にもしたくない。自分自身のQOL(quality of life)を維持できる場所として思い浮かんだのが地元の福岡だったんです。そして自分も40代になって、そろそろ地元に貢献したいという思いもありました。コスト感覚的には東京の半分くらいでしょうか。
『SALT』に入居したのも、コストパフォーマンスが高いからです。コストを抑えながら効率的に生産性を上げていくために、ワークスペースとして良かったからなんですね。こういう贅沢な海の目の前のオフィスなので、誤解されることもあって。『SALT』の写真をSNSにアップしたりすると寄付をしてくださっている方たちに“草場は無駄づかいしているんじゃないか”と受け取られることもあるので、伝え方は気をつけているんです。実際は東京の人が驚くほど低コストなんですよね。だからNPOとシェアオフィスって、僕は親和性が高いと思うんです。
それに『SALT』ではいろんな業種や地域の人との出会いもあります。このあいだもパソコンメーカーの人とIT教育について盛り上がったりして。NPOの年次報告書のイラストも、『SALT』の入居イラストレーターさんに描いてもらったり。そうしたつながりを狙って来たわけでは無かったのですが、たった3ヶ月ですがたくさんの出会いがありました。副次的な効果としてこれからの出会いも期待しています。
−投資活動をしてきた草場さんが、今度は社会的課題解決に寄付金を集めようというのは、なんというか“社会的投資”に向かう新しいお金の流れを作っているのかなと思います。
そうですね。僕自身、この事業を“かわいそうだから何とかしたい”という理由だけでやっているのではありません。実際、教育投資というのは社会的投資としてものすごく投資効果があるんです。日本だと4兆円の効果があるというリサーチ結果も出ています。これは15歳の1学年のうち、貧困世帯に教育支援をすると、子どもが成人した後の所得増加とそれに伴う税収増などでそれだけの経済効果が期待できるというものです。
だからこれから日本の少子化を考えても、教育は投資しないといけない分野なんですよ。それなのに国がやっていない。だから僕たちが“魅力的な投資先ですよ!”ということで伝える活動をしているんです。
その活動で掲げているのが、社名の中の“Aキューブ”というミッションです。Anyone、Anytime、Anywhereを示していて、だれでも、いつでも、どこでも学べる教育を届けることを目指しています。子どもたちのためにも、日本のためにも、生まれ育った環境で子どもたちの未来が決まってしまわない社会をつくっていきたい。子どもたちは生まれる環境は選べないですよね。でも貧困が世代間を通じて連鎖してしまう状況に“政治が悪い”とか外から文句を言うだけじゃなくて、自分たちでできることをやろうと思って始めたんです。
−困難な家庭の子どもたちだけでなくて、みんなにとって意義のある活動なんですね。その活動を持続させるために、NPOにとって大事なことは何でしょうか?
NPOイコール、ボランティアじゃないんですよね。NPOは法人のミッションが社会課題の解決ということであって、ちゃんと事業として持続可能な仕組みをつくっていくのは株式会社と変わりません。そのためにはコストを抑えた事業運営というのが1つのポイントになるかなと思います。
たとえばeラーニングを活用する理由は、人件費を抑えたローコストで品質の高い教育を提供していくためでもあります。運営側の業務効率もIT化によって上げているんですよ。またオフィスはシェアオフィスを利用しているのも無駄な固定費をかけない工夫なんです。
たとえば月謝が月2〜3万円とかかかると、経済的に厳しい家庭によってはとても無理なんです。福岡市では塾に行っている中学生3年生は全体の80%ですが、一方で経済的な理由で学びたくても学べない子どもたちもいます。そこで僕たちは低料金というのにこだわりながら、子ども達一人ひとりにあった質の高い教育サービスの提供に力を入れているんです。
それから学習のためのスペースも提供しているのですが、ここも固定費がかからない場所を選んでいます。僕たちは“Learning Anywhere”というような、どこでも勉強できる社会を作っていきたいと思っているのですが、そんな中でも僕たちがリアルな場所提供にもこだわっているのは、厳しい家庭環境の子どもたちには集中できるスペースが家に無かったり、パソコンや通信環境が無かったりするためです。だから僕たちがそういう環境をつくって利用してもらっています。
授業内容としては基本的にはITを使った5教科の学習が中心ですが、社会に出て必要なのは学校での学習科目だけではありません。子ども達が将来必要になるプログラミングやディスカッションなども広く学べるようにコンテンツも揃えています。こうしたコンテンツも外部から低価格で提供してもらうのですが、これは“かわいそうだからお願いします”というものでは無いんですね。ビジネスとしてやっているんです。
企業のビジネスメリットとしては、僕たちと一緒にやることでCSR活動の広報になることもあります。実際に活動が新聞に取り上げられた実績もありますし。それに企業が普通にビジネスとして営業活動をしようとすると、経済的に困難な家庭環境の子どもたちにリーチするのって、なかなか難しいんですね。日本は子どもの約6人に1人、約320万人が相対的貧困状態だといわれているのですが、その大きな市場にはサービスが届かないわけです。だけど僕たちのようなNPOを通じて提供することで、寄付ではなくビジネスとして、こうした子どもたちに自社のサービスを届けることができます。こうした子ども達にブランディングしていくことは、将来的に自社のファンを作っていく活動にもなるとも考えています。そういう意味で、僕たちは企業のマーケティングもサポートしているんですね。企業との協業やアライアンスは、もっともっとやっていきたいと思っています。